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☆TAKISHITA RYO Official Blog ☆

岡本太郎★太陽の塔の意味★「内覧 生命の樹」岡本太郎(赤と白の姿は、日の丸だった?)

2022/05/14
 

大阪 万博記念公園の太陽の塔

2011-06-07 10:03:54
 

僕には一つ疑問に思うことがあった。
 

「赤と白」の色ことだ。
 

これがある事とつながらない、一つの謎のような気がしていた。
このイナズマの赤は傷ついて開いた傷であることは、なんとなくわかる。
 

そうではなく
 

僕にはこの色が
「日の丸」に
みえてしょうがないのだ。
 

いや、しかし
ただ、絶対つながらないと思うのだ。

岡本太郎と国家やナショナリズムほど、
かけ離れたものは、ないのだから。

 

(この記事はその軌跡を辿っています。
作品には、色んな意味や解釈があります。
太陽の塔を見た時、一つの楽しみや知見となったら幸いです。涼)

 

そもそも、太郎さんの万博のスローガン
人類は、発展も進歩もしていない。
もっと原初的でべらぼうなものを、つくりたい。
 

よく言われる、
太陽の塔の三つの顔の意味は
 

てっぺん金の冠は「若い未来」を
胴の身体に「苦悩する現代」を
背中から「暗く見据える過去」を臨む。

 

とはいえ、どうも日の丸とは、繋がってこない。
フランス時代、
自分はあえて日本人として居なかった、
と語っていた。
フランス語もペラペラな、
全人類的な太郎さん。
 

日本なんてちっぽけなナショナリズムとは
対極している。でも
 

そんなことはないはずだ。
なにかある「赤と白」の隠れた意味はなんだろう。
と直感する。無意識から表出する
感情と願いが、あるはずだ。

 

生きている僕たちに、「今なお」
太陽の塔が「語ってくれるもの」だ

 

海洋堂が再現したレプリカ。
太陽の塔の内部に展示していた「生命の樹」と対面した時に
僕は、一つの応(こた)えを捕まえた。
 

 

万博記念公園のとなりに、「エキスポランド」があった頃

 

初めて対面した
岡本太郎の「太陽の塔」は

 

森の中から顔を出す、
白くて飛べない巨大な鳥だった。
 

 

 

 

太陽の塔は、太ったウルトラマンみたいだった。

 

でも初めて近くで見た太陽の塔は、
太ったウルトラマンみたいだった
 

万博記念公園のだだっ広い、青い芝生にデーンと立つその姿。
 

ゆっくりと近づいていくと、
お腹の顔は相変わらずのダンゴっ鼻だし、
 

両手を広げて、見上げた頂上の黄金の顔は、
キョトンとしたまま空を見つめている。
 

赤い二つのイナズマ模様はズン胴で太った、
まるで「昭和のウルトラマン」のボディペインティングに似ている。
 

太陽の塔の全長70メートル。
ちなみに初代ウルトラマンの身長は40メートルだとすると、
太陽の塔は、それを見下ろす、巨大な怪獣だ。
 

 

 

 

なにか懐かしい、
初めて対面した気がしない。
 

背中の入れ墨のような「黒い太陽」を
仰ぎ見ながら思うのは、
 

近くで見ると意外にも、あまり大きく感じないことだ。
たとえば東京タワーの足下で
 

「うわっ高いな~」と
 

関心するのに、
この太郎の塔は圧倒的に巨大とは思えない。
 

 

 

いやいや、かなりデカいはずなのだ。
対比物がまわりにないせいもあるのかもしれない。

 

 

 

 

それにしても
大きく見えないのは
表面のなめらかさと
やさしさのせいだろうか。
 

恐ろしさよりも、
おおらかに、温かみがある。

 

 

岡本太郎が
大阪万博テーマの「人類の進歩と調和」に断固、
否を突きつけた反象徴的モニュメント。

 

1970年
経済発展まっただ中だった日本の
かつて未来を描いた夢の展示と
進歩の詰まった技術のアトラクション
大阪万博へ集まった人々も忘れ去られ
たくさんの建物は取り壊され
 

今は、ただ一つ
置き残された白い昭和の遺物に
だだっ広く緑の芝が広がっている

 

あの時、約束した発展の未来を、
見失っている半世紀たった今でも
 

 


 

苛立ちと怒りを内在しながら、
かつ母親の包容力と子供の無邪気さのままに、
 

太陽の塔は、立ち続けている。

 

「日の丸と、太陽の塔」
塔の胎内に入ったらその謎が解けるのかもしれない。

 

日本の国旗…

 

ナショナリズムではない、何か。

もしかしてと、太陽の塔が背中を向けるお祭り広場を、ウロウロした。
スタジアムは閑散としてベンチに間にある売店のようなシャッターは、
しまったままで、開く様子もない。かつては塔を囲っていた巨大なスペースフレームも沈黙している。

 

「ここから、入れそうなんだけどな」

 

だが、(当時)入り口は見つからなかった。

 

仕方なく大阪に向かう駅から
振り返って見ると

 

「太郎の塔」は、
ふたたび森から顔をだす巨大な鳥になった。

 

 

 

遠くから圧倒させ、
近寄れば親しくあたたかい、
岡本太郎の太陽の塔。

 

 

岡本太郎の生誕100年にあたり、渋谷にある岡本太郎記念館で、
太陽の塔の内部の
「生命の樹」を復元した模型を展示していることを知った。

 

 

あの時から数年後、僕は
その展示で
「赤と白」と対極することになる

 

 

太陽の塔の胎内に眠る
「生命の樹」を俄然、見たくなった。
 

 

岡本太郎記念館「生命の樹」展示

2011-06-09 10:00:44

 

 

岡本太郎記念館に行く手前に通りに
ニッカウイスキーの本社のビルがある
 

80年代岡本太郎のCMに
 

「グラスに顔があったって、いいじゃないか」
 

の、ニッカウヰスキーのオマケのロックグラスの底には、
岡本太郎の「顔」が彫られていた。
ハイボールが流行っている昨今、80年代の顔グラスも
 

「再販しても、いいじゃないか」
 

いや、
それを流行りのハイボールグラスに
しちゃったら台無しだけどさ。
 

当時、ニッカの社長が
岡本太郎のアトリエによって談笑でもしてたのだろうか。
 

そんなことを妄想してしまう。
 

そのニッカ本社の赤レンガの建物をまがり、骨董通りに入る。
ふと喫茶の看板が見える。南国の植物園かと思われる庭先。

 

南青山という立地のせいか、少し落ち着いた雰囲気の佇まいだ。
そこに、かつては太郎の住居とアトリエだった、岡本太郎記念館がある。
 

「太陽の塔の中に入りたい」
そんな思いも、かなわぬまま。
 

「たとえヴァーチャル(模型)でも」と

 

太陽の塔の内部を、体験するために、
是非にでも観にきた。

 

 

生誕100年の企画で、太陽の塔の中に飾られていた
 

「生命の樹」を模型化したものが記念館に展示されているらしいのだ。
 

何年か前、ここへ「明日の神話」の原画を観にきたことがある。
とても小さな美術館だが、
 

なんせ、いまだ太郎の匂いただよう、住居跡だ。

 

ヘンテコな足の取手のドアノブを回し(これも太郎のデザインだ)
急な階段を企画展示のある
二階に上がると
 

うねる影が、ゆっくり回りながら、踊っていた。

 

 

太陽の塔の中へ、まるで内覧体験「生命の樹」

 

 

 

「生命の樹」の模型は、まるで
奇妙なクリスマスツリーだ。
 

もちろん本物は50メートル
この展示室の天井をやぶる10倍を超えた
もっと巨大な建造物だ。

 

 

 

しゃがんで下から見上げてみる。
太陽の塔を内覧する。
 

まずは根っこの辺り、万博の観覧者は地底のピンクで透明な生物から
太陽の塔の胎内を体験した。見渡し、ゆっくりと登っていく
 

 

中央、派手な緑や赤や黄色の原色の木の枝には、さまざまな動物や恐竜がくっいていている。
 

ただし植物はない、これは生物の歴史なのだ。
 

ぶら下がっているクラゲみたいな生物の樹を追うと幹にアンモナイトが整列して、古代魚になる。
そして恐竜の時代があってマンモス、300体もある、いろいろな生命。
最後は木の上には猿人だ。
 

そして天上へグニャリと一本に向かう頂点は、現在の我々の歴史に続いている。

 

当時の万博オリジナル造形は、
なんとウルトラマンの円谷プロが制作した。
 

初代ウルトラマンのテレビ放送は、1966年。
太陽の塔の赤のラインは、ウルトラマンとそっくり
なんだこの怪獣は!と
当時の子供たちは思ったに違いない。想像してニンマリ。
 

この太陽の塔の中身のレプリカも、
なにかお菓子のオマケおもちゃをぶら下げた、クリスマスツリーみたいだ。
 

そのはずだ、この現在の模型をつくったのは
「海洋堂」と書いてあるじゃないか!
 

懐かしのヒーロー再現やカプセル玩具だけではなく
あらゆる造形を、現実に浮き彫り出し
 

その細かな技巧力と
こだわり抜いたリアルな造形力は
玩具フィギュアをアートにまで押し上げた海洋堂
 

それにしても生命の樹が、万博の「実物」は円谷プロで、
この展示の「レプリカ」が海洋堂という組み合わせは相性がいい(笑)
ウルトラマンとフィギュア屋の絶妙のコラボじゃないか。
 

実際は50㍍あった、壮大で、
バカでかい生物の派生図。
 

途中に死滅した種もある。
 

ブラ下がる骸骨の
残酷と滑稽。

 

展示はしてないが
当時、この「生命の樹」の中で稼働していた
 

生命の乗り物は、地下の胎内のレールを巡回し
(そこに「太陽の塔の地底の顔をというのがあったらしい」)
 

そして塔の朱色の内側を最新式自動エスカレーターがなぞり登って、巡ったらしい。
(エスカレーターも三越や高島屋や阪急にしかなかっただろう。いや言い過ぎか)

 

当時の観覧者たちに
生き物の派生と進化を
体験させたかったのだろう。
 

何かワクワクしてくる。

 

 

このレプリカを再現した職人の、興奮も伝わってきた。

 

太陽の塔の胎内には、多種多様な、生物の起源が詰まっていた。

 

僕は覗きながら
太陽の塔の中身を思い描いた。

そして
ツリーの頂点には猿人がいる

 

これは起源をさかのぼり
今に続く人類の歴史を、

 

しかも微生物から始まった
僕らの遺伝子の記憶を
たどったものかもしれない。
 

万博の人だかり
何時間も並んで、あっという間に過ぎていく
そんなことを考えるまもなく、
圧倒されたことだろう
「なんだ!これは?」と「わからない!」
そんな逸話も太郎作品ではよく聞く。

 

現代のレプリカになってやっと、
僕らは落ち着いて体験できる。
 

 

太陽の塔の、意味がわかった!

「ナンダコレハ!」

という太郎の殴り描きのデッサンを見たのは、となり展示室だ。

 

 

 

太陽の塔の胎内のような真っ赤な壁面に
大まかで奔放な
 

デッサンがいくつも貼られていた。
 

生まれる前の太陽の塔だ。
これは顔のエンブレムの素描の一枚であろう。
 

この「×(バツ)顔」は太郎の仮面(マスク)に登場する。
目だと思われるような丸が5つ。帯状の髭や眉毛にも見えるのは、
お馴染みのフラッグ(旗)のモチーフだ。
輪郭は、画かれていない。なぜなら「すでに在る」ものだからだ。

 

鉛筆の素描が、ここまで激しいとは思わなかった。

 

もちろん絵画の色たるや凄いのだが。
 

迷いのない肉筆が
 

鉛芯を折らんばかりに力強く、雷のようにうねり、
斬り口を袈裟懸(けさが)けにしながら、四方ナナメに轢(ひ)き裂く。

 

飛び散る目、弾ける部位。

 

描かれていない白紙の奥にあるであろう円を、または丸を、そして輪郭を…
そうして引き裂かれた、顔。
描き殴って、興奮ぎみにそえた

「ナンダコレハ」の文字。

 

 

「芸術は美しくあってはならない」太郎の言葉だ。

 

 

なぜだろう、使われなかった、この一枚の前で僕は
 

「ミエタノダ」
 

ずっと謎だった「赤と白」のコトを。
僕には、あの太陽の塔の 「赤と白」が
 

「日の丸」にしかみえなかった。
 

そんなわけが、ない。
なぜなら岡本太郎とナショナリズム(国家主義)ほど
かけ離れたものはないのだから。

 

太陽の塔の姿。
岡本太郎の言葉。
自由なフォルムの追求
 

円、輪郭、顔、目、
丸、まる、赤い丸。

 

国旗(はためくフラッグは、太郎のモチーフによくあるのだ)
飛び散る赤。宇宙。

 

音の無い、白い爆発。

 

 

その中心から覗く、
引き裂かれた苦悶の顔(マスク)
赤と白は、傷口だ。
ただの、血ではない。

 

心から胎内から思わず湧き立ち
肉踊り、いてもたってもいられず
放出されたものだけが感動だ。

 

爆発したのは、芸術ではない。
自身の感動なのだ。
 

いや、感動だけじゃ足りない。

 

 

「歓喜」だ。

 

 

今ここで「歓喜」していることが
生きていることなのだ。
芸術はそれを、呼び覚ます。

 

宇宙的な、白い爆発で。

 

赤と白の謎

 

その解。

 

日本の国旗を「引き裂いた、赤」だ。

 

「日本」の威信をかけた国家的事業の
「日の丸」を破る!?

 

全人類的で土着人間的な太郎なら、
ありうるのではないだろうか。

 

大阪万博テーマ「人類の進歩と調和」に否を、突きつけた男だ。

「人類は、調和も、進歩もしていない」

しかも戦後日本の経済成長を世界に見せつけたい時代
ナショナリズム(国家主義)にも「否」を、突きつけていたのだ。

当然といえば、当然だが…凄まじい。
いつの時代も、こんなことは言い難い。

 

 

 

国家事業の「日本国旗」にも、否だ。ノンだ。

 

大阪万博、当時
国民全員、国をあげて成長しようって当時なら、

 

それは相当ヤバい。

 

(なぜ、太郎はそんなことを表現したのか)

太郎さんは、何故そんなことを表現したのか

なにか、わかる気がした。

 

なぜならこれは現代の僕らにも、通じる何かだから、
昭和の焦燥。平成の停滞。

 

だから日本人よ。と。

 

岡本太郎こそ「ニッポン人らしい、ニッポン人」に思える。
ふたたび「太陽の塔」を観てみよう。感じてみよう。

 

 

引き裂いた日の丸から飛び出したのは、白く丸い睨んだ顔。
「べらぼうな顔」だ。

そのだんごっ鼻は西洋人ではなく、まさに土着的日本人の不細工な顔だ。

これは、本来の日本人のツラだと、太郎は言う。

 

縄文の土器の素晴らしさを発見し、
写真をいくつも撮って日本の原初を求めて歩いた。
カッコ悪くたって、いい。
「現在の顔」と呼ばれている。

 

 

 

 

ならば背中に刻まれた黒い太陽はけして消えない
「ヒイズルクニ(日の本)」と呼ばれた島の歴史だ。

 

だんごっ鼻の「現在の顔」が
太郎が好きな僕らの起源である「縄文からの顔つき」ならば

 

その背中に
確固として入れ墨のように背負っているのは
「ヒイズルクニ」と呼ばれる以前の歴史ではないであろうか
稲作文化の始まる前の、狩りで生活していた命懸けと祝祭の時代。

 

そう
卑弥呼も天皇制も始まる前から続いている
もっと前から集落が点在した「小さな島」の歴史だ。

 

そして、第二次世界大戦のあと、焼け野原になった
「ヒノモトノ小さな島」

 

静かに冷観する顔は、黒い日の丸に見える。黒く、
その目線は菩薩の諦観とも違う、もっと根源的な睨みを常に背負って。
まさに「過去の顔」だ。

 

 

そうだ。

 

日の丸の国旗さえもビリビリと破き、
飛び出して、苦悶する顔は
ナショナリズムや国家なんてちっぽけなものを超えた

 

「全人類的、存在」だ。

 

赤と白は、傷口だ。
岡本太郎はよく赤を
キャンパスに刻み込んだ。

 

しかも
ただの、血ではない

 

「太陽の塔」は
この山と川と海と四季に囲まれた「小さな島」に
産まれ育ち死に連なってきた生命としての
「全人類的、人間の象徴、傷の証(あかし)」だ。

 

 

巨大な生きたモニュメント「太陽の塔」

 

あの「生命の樹」は、体験だ。

 

まるで電動遊具の生命の乗り物は、僕らの遺伝子だ。
微生物だった生命もやがて二本足で立ちあがる。
「人類の誕生」の追体験だ

 

その二本の足で最新鋭のエスカレーターに乗り
自らの胎内に脈打つ生き物の進化を巡回しながら
「自らに眠る遺伝子の記憶を呼び起こし」

 

 

その経験の歴史をくぐり抜け、、
地下の洞窟から地上にまぶしいく出た一人一人が、
「新しい人類」として産まれ出るようなイニシェーション(儀式)を
つくりたかったのだ。

 

芸術は呪術である。
その、巨大で生きたモニュメント。

 

赤と白は、「新」人類の誕生だ。

 

すでに僕らは全人類的、存在だ。

 

しかも万博だ、世界から押し寄せた人々がこの太陽の塔をくぐり抜ければ
この根源的な歴史を体験するのだ。

 

当時、太陽の塔の腕の出口を出た地上には「世界の無名の人々という写真」たくさんが飾られていた。
白人、黒人、アジア、色んな民族、男も女も子供も老人も。

 

すでに僕らは「全人類的な存在」なのだ。と
気がつけ、と。

 

この島の(あえて国とは呼ばない)

 

世界中が注目する万博という祝祭の場で、
岡本太郎は両手を広げて、このプロジェクトを創造した。

 

 

頂上の「未来の顔」は
生物の歴史を体験し
胎内から
あらためて産まれ居出た
まぶしい一人一人の人々に、
見えない黄金の冠さずけてくれる

 

それこそ、

 

全人類的、新しい人間の姿だ。

 

未来の顔は遠くを見つめ
歓喜の両腕をひろげている。

 


デッサンの部屋を出た。

ふと、眺めた

生命の樹の向かいを、
太陽の塔のレプリカが、僕に
黒い顔の背中を向けていた

迎えるように両手を広げた白い母胎。
てっぺんにある未来のアンテナは
まるで黄金の鶴の冠をいだいたように、堂々としていた。

挑むようなつもりで、回り込み
等身大の正面に立つ。

引き裂かれた赤と白。

べらぼうな顔が

キッと睨み返す。
「現在の、お前は、どうだ」

 


対極する

自身の影と重なる。

それは

今の自分の顔だ。

 

 

 

 

 

 

「生命の樹(模型)展示」
岡本太郎記念館(2011 6/26まで)
(館内での写真撮影は、自由です。)

 

 

 

 

 

最後までありがとうございました。
コメントも、たくさん…感謝です。涼

 

(追記2014.5.11)
検索から、この昔の記事へたどり着いていただいて
しかも、いつの間にやらFacebookの「イイネ」まで
頂いて、ありがとうございます。
今、読む過去のコメントも、
感慨深いものがありました
息の長い文章を書くのは、
僕のひとつの夢ですから。
感謝。  涼

 

この記事を書いている人 - WRITER -
俳優 YouTubeダーさん  プロデュース公演に参加したり若手作家たちの作品にも精力的に多数参加。そのBEEPでDEEPな交友関係はかなり広い。YouTubeチャンネルは保育士さんや子供たちに大人気。また国民的テーマパークのショーアクターとしての実績も長い。 絶対青春コメディ sing!!! 九州公演 2022/01.14〜15 劇団S.W.A.T!公演「ある超能力者の記録」2022/02.10~20 など
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