薫風のんど 【外郎売りのセリフ より】

2011-04-24 10:25:25
路地を歩く。
いっせいに
準備した支度のように、生命の色が吹き出す。
道々、枝という枝から明るさをました若葉に目をうばわれ、あふれはじける花々、道端の蟻の巣や羽虫のうごめきに、目をうばわれる。
家々の壁から飛び出した、1つ1つの勢いは法則性のある方向や
共通のカタチを掲げ、まるで族紋(エンブレム)を突き立てているようだ。
それにしても
この匂いはなんだろう。
生命力の全体性をあらわす香り。
「薫風(くんぷう)」だ。
思い出すのが
「外郎売り(ういろう売り)」
芝居を始めると、必ずやらされる。
「拙者(せっしゃ)親方と申すは、ご存知のお方もごさりましょうが、」
役者やアナウンサーの基礎訓練の、アレだ。
ういろうとは名古屋名物の「ういろう」ではなく、小田原で売っている薬の「ういろう」のことだ。
原作は二代目市川団十郎らしい。客前の口上だったり早口ことばがあったり、歌舞伎の十八番だが、ホンモノを見てる現代劇役者はほとんどいないだろうな。
セリフだけが、一人歩きしている感じだ。
この主人公のセリフを口づさんでいると、どうしてもキャラが胡散臭い。
「なんでも効く薬、とうちんこう」を、路上で必死に売るんだが、「よく効く」のと「体調が良くなる」というのを、矢継早に繰り出す「早口ことば」で言うのが後半見せ場のメインになっているのが、また山師みたいだ。
「ひょっと舌がまわりだすと、矢もたても、たまらんじゃ!」
言葉の馴染みなく、なかなか意味は伝えにくい。
自分の言葉として言うとなると一番最初に習いはするが、とても難しい訓練だ。
そして、たいてい暗唱と早口ことばで終わるのかも。
「たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ」
でも意味がわかんなくても惹かれる言葉がある。そのひとつが「薫風」だ。
ういろうを飲んだときの効き目のあらわれかたに、
「腹内(ふくない)へおさめますると、胃、心、肺、肝がすこやかになって、薫風喉(くんぷうのんど)よりきたり、口中微涼(こうちゅうびりょう)を生ずるが如し」とある。
「くんぷうのんど」
「薫風喉」からくると清涼感は、どんな感じなんだろう。
ミントガムを飲み込んだときに感じる、食道の涼しさだろうか、はたまたスコッチなど濃い酒を煽(あお)ったときの、あの胃への熱さだろうか。
「風が、かおる」
香りでも、匂いでも、臭いでもなく
「薫(かお)る」だ。
僕が感じる、この「薫る」は、匂いよりも、そこに乗っかっている生命感だ。
むくむくと盛り上がる、発色と向上、若葉の萌える肌の熱さだ。
つまり「薫風のんど」とは
胃心肺肝から湧き上がってくるなんともいえない力が
喉を伝って口元から吹き出してくる。そして、ついつい「早口ことば」を言ってしまうほどに心が躍ってしまうのだ。「くんぷうのんどより、きたる」生命の息吹きが
鼻先を、くすぐる。
路地の春
薫風となって。
薫風(くんぷう)……初夏に若葉のかおりを漂わせて吹くさわやかな風。時期的にはもう少し先、五月初旬くらいからなんでしょうね。涼