インド富士とサイのツノ 【東小金井駅】(ダーさんカレー屋 探訪)

なぜ僕は焼き肉を食べるているのか?
つまりカレーを食べに来て、なぜ今、焼き肉屋に僕はいるのか、ということだ。肉を焼くためのコンロが目の前に、ある。メニューのどこにもカレーがない。しかし僕は、カレーが食べたいのだ。とりあえず、「豚トロ」を頼んでみた。人間とは複雑な生き物なのだ。
二月の人形劇をやったときお客さんからカレー屋さんを教えてもらった。
「あー行きたい!」
という僕の発言は社交辞令ではなく、「必ずいつか、」という決意なのだ。
有名な店だろうが知らない店だろうが、その人が美味しいと思ったことを知りたいのである。
「インド富士」という店だ。
名前がいい。なんせインドで日本一だ。じゃインドで…なんなんだ。
夕方のラッシュを電車でいく。カレーがなければ東小金井なんて降りたこともないが、小キレイな構内の駅に比べ、こじんまりしたロータリーと目抜き銀座な商店街をぬける。
小さな地図によると、小さなお宮を曲がってまっすぐ行けば、あるはずだが、だいぶ行ったところで引き返す。
(…アレ?)
迷い道は好きだが、さすがに小径にも入ってみたけれど見つからない。携帯の検索で住所をいれてみる。
(やっぱアレだ)
さっき通り過ぎた、あの白い建物。二階建ての木造モルタルの、たしかに住所はここだ。さっき見たパブの店だ。それにしても看板が見当たらない。まさかこのパブじゃないだろ、全然インドっぽくない。
中央にある階段がみょうに明るい、ひょっとしたら二階なのかも。でも外窓には、店名がでていない。
(いや、あった)
壁紙に富士山のマークが貼られいる。しかも「Fuji」と書いてある!
せまい蛍光灯の階段を急ぎ登ると、行き止まりの表札。
「予約の お客様以外はご遠慮おねがいします」
予約のカレー屋って、そんな。
しかも、まだ営業していない。向かい扉の小窓を見ると、あたたかい明かりが洩れていた。
はは~ん、こっちが「Fuji」だ。
やっとカレーに会える。
しかしそうはいかない。二人掛けに座ると、テーブルの中央には、
ぽっかり四角いグリル的なコンロ穴がある。
な、コンロ?
いや、焼き肉屋みたいなカレー屋かもしれないだろ。生肉を焼くような。
しまった、店員さんが来る。
メニューに、カレーが無い⁈
「とりあえずレモンサワーで」
メニューに、カレーがないのだ。カレーが食べたい。うまそうな地酒の焼酎はあるが、ここで一杯というわけにはいかない。黒和牛カルビって、僕のカレーはどこに!
「あと、豚トロを一皿」
ええ、断れない質なのですよ。ま、焼き肉で一杯引っかけてカレーを食べよう。すぐ出る作戦なのだ。
せっかく座ったし、味わいたい。
となりのカップルは満腹に、明らかな焼き肉を、たいらげていた。幸せそうだ。
一皿の豚トロは、あっという間に焼けた。
渇いたノドをレモンサワーがうるおし、アツアツの肉汁をまとった豚に生レモンを搾る、放り込んだ舌の上でクチャクチャとやる。トロトロだ。腹がさらに減る。
(ここでは、なかったか)
グイッと飲み干し、お勘定。
すまん姉さん、行かねばならぬとこが、あんでさ。ほろ酔い。
僕の、インド富士はどこだ。
やはり向かいの予約専門店は、違う。とすると。
階段を降りる、よく見ると、この店の看板には
「FUJIYAMA食堂」と書いてある。ふじやま、違い。
インド富士ではないな。トントロ、ごちそうさま。
見つけた!インド富士!しかし…
パブの隣にある閉められた白いシャッターの前には、自転車が置いてある。
ゆるいロープをくぐるが、看板もない。空き店舗なのか、
違う……。
暗がりのシャッターの手すりの近くに、桃色のビニールテープが小さく貼られていた。
「インド富士」 ここかい。
わかるかい。わからないだろうよ
僕がいっているのは
マジックインキで書かれた
小さな文字のことなんかじゃない。
この悲しみが。わかるか。
商店街のメインストリートに、
「サイのツノ」
というカレー屋がやっていた。
ここはインドに住むサイだろうか。いな、インドが問題ではないのだ。
そこで、カレーを食べよう。
やってきた、サイのツノ
目がクリッとした、店長さんだった。
木の机にも照明があたたかく当たり、カウンターにもゆとりがある。
いちおう迷ったんだ。
さっき、「インド富士 」が閉まっていて、
引き返した東小金井の表通りには、商店街の盛衰を物語るような、らーめん屋さんがあったり、イタ飯のお洒落風なお店もあった。地元専門の赤提灯も。
「サイのツノ」に座ったからには、どうしてもカレーが食べたかったのだ。
テーブルの瓶詰めにピクルスの人参や大根や一口胡瓜が漬けてある。好きに食べていいらしい。胡瓜を一つツマむ。
「手作りピクルスお持ち帰りできます」と壁には、フレンドリーな紙が貼ってある。
「カレー、通販してます」
商売っ気というよりは親しげな感じが、わるくない。
店長の小柄なエプロン姿にクッキリした目元と物腰のせいだろう。目の奥にエジプトのタペストリーのような異国に触れる気がした。いや、日本人だとおもうケド。
ネット上の「インド富士」の
食●ログ嫌いの表明から伺えるの職人カタギとは対照的に、
このリアル「サイのツノ」は、とても朗(ほが)らかな印象だ。
僕が頼んだのは、三つのカレーだ。
この店のすべての四つのカレーうち三つが味わえるセットだ。なによりも、おなかが空いていたんだよね。
「トリプル」が来た。
まるい大皿に盛られた、三色のカレーに、
「Yの字」の白いご飯が、まるで両手を広げた歓喜の姿を見せていた。
わーい、カレーだあぁー!!! と。
…
しょうがないだろ。
店を探し歩き→間違えて入った焼き肉屋で一杯→ほろ酔い
→シャッターの閉まった目当てのカレー屋→
→目的の喪失→あたたかいお店。
人間はあらゆることに意味を付けたがる悲しい生きものなのだ。
「わーいカレー」でいいじゃないか。
意味漬け人生に、幸あれだ!
酢に漬けた野菜たちのいさぎよさ。
ビンから手作りのピクルスを取り出す。人参だ。この分ではビンごと食べ尽くしてしまうだろう。
あまい酢が旨い。
トリプルは
「ひき肉とほうれんそうのグリーンカレー」
「インド風レッドカレー」
「欧風まろやかカレー」
実はこれより先は推理小説と一緒で、これから、ここで食べに行きたい方は読まないほうがいい。なんせ書いてある味と食べた印象が違うからだ。
それぞれ中辛、辛口、甘口、と味わえるセットになっている。
ま、僕が書くことだ、カレー研究家でもないし。
話半分、味半分で聞いてくださいな。
まずは、ひき肉がうまそうなグリーンカレーをいこう。
グリーンといえばタイカレーだ。僕は大好きでよく作る。しかし、ナンプラーとココナツミルクの匂いはしない、
なんだろこれは、と思うと
じつは煮込まれたホーレン草と挽き肉の「緑のキーマカレー」。
だからスパイシーというよりは、肉のうまみを香辛料で煮た香りが楽しめ、そこに溶け込んだ緑のほうれん草をいただく。
中辛とあるが、ホンのりとした辛さが残る。
そして、気になる赤いカレーだ。
「辛口」である。すっぱみがある口当たりは、もはやカタチの無いトマトだろう。そこにボイルした鶏肉がポツポツとある。これがアクセントになり、あとからスパイシーな辛さがやってくる。酸味が辛さをやわらげるので、心地よくあったまる感じだ。やわらかく噛んだ鶏肉のまわりの汁から、ふわりと香辛料が、香る。
インド風レッドは「鶏肉のあっさりトマトカレー」なのだ。
よし、甘口の欧風カレーだ。
食べると、コクがある。豚肉のだしとヨーグルとだろうか、全体的に丸みのある感じだ。
僕はこれとグリーンカレーを交互に食べて、たまに欲しい酸味の合いの手のようにレッドを口にいれた。
この店の最後四つ目のメニューの「薬膳スープカレー」(大辛)だが、写真で見る限り
これまたびっくりで、ほぼ透明なスープである、そこに、大きめの野菜がどっさりと入っている。大辛とあるから、きっと香辛料の匂いを利かせながらの
あっさりとしたカレー風チキンスープっぽいものにちがいあるまい。ふふふ(予想)
ご飯にしみこんだ、もはやリゾットになったカレーの最後を口に入れた。
舌感に油のイメージがなく全体的に、さらさらして、とてもヘルシーなカレーだった。
こってり派には、もの足らないかもしれないが、長く飽きないものはあっさり淡白なものだ。
「サイのツノ」
店名からちょっと笑かせて
カレーの名前のささやかなサプライズに、いつの間にかヘルシーにたどり着かせるあたりは、
サイのノッタリした姿で隙をみせ、やさしい角のようにぴりりと利かせた香辛料の知恵というところだろう
それにしても、インド富士よ、
かならず、いつか。
サイ店長、今夜は、ごちそうさま。
本日も最後まで
ありがとうございました。涼
じつは昨日(四日)、写真家南雲賢さんの写真展に行ってきた。言葉になるまで少し時間がかかるかもしれないが、とても刺激的で美味しい時間だった。
だいいちフレンチなんて個人的に行ったのは初めてだったし、南雲さんの話も。
南雲さんの写真展 詳細(5/15まで)