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☆TAKISHITA RYO Official Blog ☆

観劇前に、五反田の街道をいく(海喜館・ポーラ美術館・デザインセンタービル・池田山)

2022/05/10
 

あの角(詩)

2011-06-22 10:01:30

 

 

 

 

 

気になるあの角
必ず、曲がる
 

 

 

 

 

知らない角を
いつでも、迷子
 

 

 

 

 

あの旗、目指し
愉しい迷子

 

 

 

 

本日も訪問ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

この詩は
敬愛する詩人さんの
ブログに僕がつけた言葉なのですが、

 
この場所で
僕の書いている、
ひとつひとつが
 

 

そーいや
 

「あの角のさき」
 

 

に見つけたものだなぁと思い、
ここに記しておこうと。
 

僕は散歩するとき、あの辺まで行こうとか、
 

あそこで本を読みたいとか、
あの飯屋が気になるな~とか、
 

いつでも「目標」はあるのですが、
「あの旗」が見えると「道」を知りたくなるんですよね。
 

 

この道、ここからあそこへは、
すぐに行くことはできるけど、
 

「この角」はどこに「つながる」のだろう。

 

 

道と道の間に家々があり、人が住み暮らし、
道端に、草や木があり花がある。
 

知らない道が、馴染みの道になり、
また「あの角」をまがる。
 

また通るとき
 

道を知り、四季を知ることは
 

「その街を知る」
 

ことになるんだと思うんですよね。
 

 

 

たとえ今歩いている道を、
ふたたび歩くときが
 

二年後になろうとも
二度と通らない道だとしても、
 

旗を目指して、新鮮な迷子でいたいです。

 

 

 

「愉しい迷子」

 

実はコメントをつけたときは「楽しい」としてたのですが
この詩では「愉しい」にしました。
 

それは迷子は「楽(ラク)」をする事ではないと思ったからです。
 

そして自分から「愉快(ユカイ)」という気持ちを
選べたらという願いを「愉」に込めました。
 

 

 

 

「愉しい迷子」って
「発見」のことだと思うんですよね。
 

 

 

 

 

あの旗を、見つめて
あの角の先を、歩いてみよう。涼

 

 

 

それでは、マイナーな土地。
僕が観劇の前に迷子した五反田のお話です。
(上記 写真は五反田ではございません)

 

 

吾妻ひでおと五反田「談」(ゴタンダ、ダン)①

2011-07-18 11:06:01

 

五反田を歩いてみようと思った。
 

 

開演前に、
早すぎるくらいに着いて
しまったのだ。
 

 
 

読みたい本があった。それを探そう。
 

僕らの演っている芝居の公演は、
大きな劇場ならすぐに見つかるけど
小さな劇場は郊外の町に埋もれて見つけにくかったりする。
 
そしてたいてい迷子になる。
 
でも、その迷子が愉しいのだ。
 
今日行く、スタジオヘリコプターは
もう場所はわかっているが、
 
愉しい発見があるかもしれない。
 

読みたい本を購入するために、
迷子になろう。
 

さっそく駅を劇場とは反対側に出てみる。
 

ユニクロの小さな店舗があり、
その線路近くのビルに総合本屋ブックファーストがあった。
 

(いきなり目的達成か)
 

五反田へは、
知り合いの芝居を見に何度か降りてはいるが、
 

反対側は、あまり歩いたことはなかった。
 

 
 

「閉鎖した工場をスタジオ」として貸している
アトリエヘリコプターというスペース
かなりおもしろい場所なんだが、
 

早く着き過ぎて
今向かっても、
芝居が始まるどころか劇場も開いてもない。
 

空いた時間だ。どーしよう。と
 

どーせ定価なら、ブックファーストより、
TポイントがつくTSUTAYAで買おう。

五反田はTSUTAYAが、あったはずだ。
さっき駅の看板で「五反田店」と、みたような気がした。
 

ちょっと引き返して、やっぱりあった。
TSUTAYA広告の下に簡易の地図がある。
その地図をジッと見て覚える。
 

 

「駅のこの道を行って大きい通りを出て川があって橋を
渡ったちょっと先にある。意外と離れている。ま、いっか」

 
知らない街は、
ネットで確認しないのがミソだ。
迷った方がおもしろい。
 

 

よし完璧だ(適当ともいう)

 

五反田は、ゴタンダ、ゴタンダ。
 

語感から街並みがゴタゴタしてそうだ、
一反(いったん)は約300歩だから
1500歩分もの広さの田んぼのある
 
広大な田舎町がかつてあったのだろうか。
 

 

いや、たしかにビルや
なんかがゴタゴタ建ってはいるが
 
 

整然としていて、その間を生活する人がいる。
 
 

駅を貫いて大きな道路がある。
国道一号線と書いてある。
 
 

ここをまっすぐいけば、TSUTAYAがある。
 

五反田のオフィス街という感じだろうか、五反田大橋を渡った。
 

道路向かいのビルにTSUTAYAがあった。
信号待ちの横断歩道で
若い兄チャンが携帯で電話している

 
「あ、はい間に合いマス、人は呼べないですが、はい」
 

声だけを聞くと怖いアンちゃんかなと思ったが、
信号が変わり僕を追い抜くと、
 

後ろ姿は今風なスッキリとした感じだった。
ビジネスマンという感じであった。
 

 

TSUTAYAの前に立つ。
ここに、本は、売っていないのが
入店の前に、わかる。

 

なんとレンタルと、
CDとDVDのセルのみ。だそうだ。
ふむ。

 

 
となりにブックオフがあった。
おぉ中古か、安く手に入れるのもいい。
店内に入った。

 
なるほど
 

どこのブックオフも、店内の雰囲気はかわらない。
棚に100円コーナーがあり、作家順に並んでいて、
CDがあり小説がありゲームのガラスケースがある。
 

「僕は、かつてここに来たことがあるような気がする」
 

チェーン店的デジャヴだ。
 

欲しいのは漫画だ。
立ち読みしている、人をよけて、

 

「あーこれ懐かしい」
「へー」というカップルのじゃまをしないように、本を探す。
 

売れた本なので
すぐ見つかると思ったが、
なかなか見つからない。
 

大きい装丁のところにもなかった。
 

初めての本屋というのも、
この迷子が楽しかったりする。
 

「おっ」という本と出会ったりするのだ。

 

今日は小説コーナーはやめた。
いくらでも時間が足りないからだ。

 

魅力的な本を見るたびに、
これが私の目的ではない!と自分を叱咤し、
 

やっと見つけた。
見過ごしていた棚に三冊が置いてあった。
 

「吾妻ひでおの失踪日記」

 

上の方はアニメっぽい絵柄の漫画で、
目線よりしたの棚にあるのが「らしいなぁ」と、
ブックオフならこの位置だろう。
 

ヴレッヂヴァンガードみたいに
マニアックな作家を大事にする本屋だと、
 
もうちょっとわかりやすいとこにありそうだけど。
ま、萌えのハシリで昔の作家という位置ならそうだろうな。

 
 

こないだ、この「ここ」で書いた
下町の自主映画のロケ先の銭湯
下町 撮影日記より
で読めなかった本で、
 

読みたいなぁと思っていた本だ。
 

三冊に帯はついてないがどれもキレイだ。
値段は600円。
Amazonでネットの方が安い場合もあるが、

 
 

僕はそこで買うってのが好きだ。
 

五反田と吾妻ひでお。

 

小さな旅の始まりとしては

ま、いいんじゃないか。
 

 

 
五反田で
読む時間も
楽しいだろう

 

 

 

 

本日も訪問ありがとうごさいます。
9月の公演の準備が始まってます。
 

 

海喜館と五反田「探」(ゴタンダ、タン)②

2011-07-19 13:00:17

 

さっき買った漫画を手にしながら
国道一号線を駅に向かえば
 

五反田大橋の手前、
川沿いを奥まった二叉路に、
古びた屋敷があった。
 

 

この大通りの横断歩道を渡り切ったときから、
気にはなっていたのだ。

懐石の料亭にしては、ひなび過ぎていて武家の家にしては、
あまりに無防備ではないか。
 

 

五反田大橋の真ん中から、
コンクリートの堤防が灰色に沈んだ流れをうつす目黒川に、
柳の並らんだお屋敷がやはり気になって、引き返した。
 

 

料亭だろうか…
あまりに気になるので
漫画を鞄に入れた。

 

 

門構えが立派で木が覆い葉が茂っている。
門の奥は、少し坂になっていて、
 
 

屋敷の本館が見えない。
 
 

「海喜館」
 
 

看板に文字はギッシリと漢字が詰まっていて
 

「館暖日冷本」?
 

…カンダンニチレイポンが、
なんのことか解らなかったが
 

 

旅館
暖冷房完備個室シャワー付き
日本観光旅館連盟
 

 

旅館だ。

 

 

それにしても雰囲気が、ある。
 

「日本観光旅館連盟」の所有地か、
そのお墨付きのように誇らしい。
 

(夕方、芝居を見たあとに泊まって見ようかな)
なんて誘惑にかられる。誰もいない旅館でさっき手に入れた
 

「吾妻ひでおの失踪日記 」を読む。
 

 

(まるで失踪の旅情だ。僕は何から逃げているのだろう)

 
 

そういえば、この雰囲気は、
いつか読んだ、つげ義春の旅先にでてくる
影の濃いうらぶれた宿にも見える。
 

あれは熱海や東北っぽい。
 

しかし、やっているのだろうか、
看板にある電話番号もあやしい。
 

 

海喜館の黄ばんだ壁を川沿いにめぐると、
さっき大橋から見た柳が並ぶ道になる。
 

それは目黒川の向かいのビル忘れさせて、
この旅館にいろどりを添えているようだ。
 

 

今は落ち着かせまいと旅館を囲んだ二叉路が、
自動車の合理的な抜け道になっている。
 

 

瓦壁が途切れて本館を真横にみると白い軽トラックが止まっていた。
作業をしているのかもしれない。植木屋だろうか。
 
 

悪くない玄関の庭なのだ。茂る夏の枝の手入れをしているのか。
何より、いまだ住んでいる気配が、にわかに嬉しい。
 

 

裏にまわると空き地のような駐車場があった。
旅館の屋根は、重石がしてある。吹き飛ばないようにしてか、
 

ステンレスのハシゴが、立て掛けてある。
屋根の作業だろう。雨漏りじゃなさそうだ。
 

この建物のわずかな人のしるしに、また嬉しくなる。

 

駐車場からブロック壁を覗いてみると、旅館の洗い場のようだ。
ハシゴの真新しさに比べて、しんみりと している。
 

やっているのか、いないのか、人が住んでいるらしい。
 

反対側にでた。
一台分の狭い通りを、車が僕を追い抜いて行く。
国道にでる抜け道なのだろう。
 

「危な」ヒヤリと、端っこに寄る。
 

オンボロのシャッターがありその奥が旅館だが、
 

この車庫は別のようだ。
 

蛍光灯がはずれ、黄ばんだ壁の隙間から旅館をみると、
ひとつひとつに花の名前がついた部屋がある。
 

その先に、狭き門。
 
 

「別館 海喜館」とあった。
 

 

砂ほこりの吹き溜まる玄関の引き戸は、閉まったままだ。
 

 

呼び鈴は、
「コリャマタッ、失礼!」と
壊れたブザーのスイッチが飛び出していた。
 

(怪奇、館)
 

少しびっくりしながら吹いてしまった。

 


 

 

 

それにしても、正面玄関に比べて、ずいぶんと使われていないようだ。
 

格子戸の奥は、まるで見えないが、手前の小窓でやり取りするのだろうか。
ここは素泊まりで木賃宿なのかもしれない。
 
 

しかし別館と書かれてはいるがどこか
「裏門」というこの佇まいが、
 

少なからず後ろめたい風情を醸し出している。
 

 

厳重な門がまえに、
かつては境界線を乗り越え、
 

忍び込む迫力があったのか。

 

連れ込み宿。
なんて、思う。
 

するとこの周りは、昔
呑み屋があり、宿もあり、
盛り場だったのかもしれない。
 

 

今は整然としたビル群と都内へつなぐ幹線、
オフィスビルやTSUTAYAがスマートに建ちはするが
 

大きな道路の裏側も、
かつては混沌と賑わっていたのだろう。
 

この狭き門にも、
かつて人の行き来があった。
 

この国道一号線は
横浜をすぎて果ては大阪へと臨む
江戸にはあった街道を、明治の帝都発展期に
車道にしていると聞いたことある。
あ、ここは旧東海道か。

山手線は、
上野から新橋、東京に出られ、
乗り合わせる
 
地下鉄の都営浅草線が、
かつて地下鉄一号線と
呼ばれていたのを考えると
 

この五反田の繁華に、
道路と鉄道が作った
東京の発展の面影を
思わずにいられない。

 

 
ふだん
目黒から品川へと
まるで通過点のように通り過ぎる街だけど。

 

とはいえ
芝居の時間にまだ時間があり
まだ寄り道できる。
 

 

目黒川を、またいだ国道一号線を、
僕は、駅へ向かう。

 

ポーラ美術館とゴタン、ダダン③

 

 

ゴタン、ダタン、
ゴタン、ダタン、五反田、譚
 

ゴタンダダン、五反田、談
 


 

いそがしく走る山手線を背に、
ポーラ美術館に張られたロープが僕の行く手を阻んでいた。
 

(ふふ、セキュリティーが甘いぞ)
 

とはいえ、勇気を出して警備員さんがいないか
確認して乗り越え、
 

ガラス張りの正面玄関に来た。
 

閉館時間なのだろうか。
いや、展示をしていないようだ、
 

あきらめよう。
 

「ポーラ美術館」の見学。
 

箱根にある、と。
美術館マップ本で名前だけ知っていたが
五反田にもあるとは思わなかった。

 

ここにあったんだ。

 

なぜ僕がポーラ美術館前にいるのか?

 

先程、
すんなり劇場のある駅の反対側に出ようと思ったが、
やはり脇道にそれて、知らない道を行くことにしたのだ。
 

国道一号線が
桜田通りと言われるなら、きっとこのまま行けば
桜田門につながるに違いないが、
 

まさかそこまで歩けない
そもそも本来の目的は
五反田まで芝居を観にきたのだ。
 


高架手前のわきの、
小さな通りが目に付いた。
 

桜並木だ。

 

春にはピンクで飾られるのだろうが、
今は青葉が溢れている。
 

なにか、吸い寄せられるように道を入った。
 
ここは、なに通りだろう。
 

区画整理にしては狭すぎる。
なにか歴史のある名のあるに違いない。
 

探してみるが、見つからない。
一方通行の時間制パーキングにチケットの機械と駐車が並ぶだけ。
 

それにしても、青く木漏れて盛大だ。

&nbsp

名もなき、さくら通りね。
 

 

と突然、
 

 

見上げるばかりの巨大なビルが立ちはだかる。
 

視界は上を向き、近代建築に息をのむ。
この小さな商店の並木通りと、
 

この巨大なビルとのギャップはなんだろう。

 

 

「Gakken」

 
 

ガッケン…あ、学研。
なつかしい。

 

 

「学研の科学」の推移を集めた近代的ビルか。
この巨大建築を建てるのにも大事なのは「基礎科学」なんだな。

 
 

ありがとう、学研。
(…基礎科学より財力のような気はするが)
 

今日は「学研の学習」をしたよ
 
 

学研ビルの向かいの「刀削り麺」の一階店舗が睨みをきかせて、
 

いるのかいないのか、準備中だ。
 

アナログ科学とアナログ麺職人の組み合わせがなんかおかしい。
 

 

ゴタン、ダダン
ゴタン、ダタン

 
 

と山手線が過ぎる。

 
 

線路沿いに出た。
そして、前述の
ポーラ美術館を発見する。
 

しかし、やっていないようだ。
 

隣りのビルのは、なんだろう。
線路沿いの商店街とも違う。古いアパートでもなく。
 

それでいて、
こじんまりとしたこの猥雑さはなんだろう。
 

ポーラのあまりに白くスレンダーなナリとは対象的に、
 
少しケバケバした場末の匂いがする。
 

 

車から降りた背の高い女が、
長い髪をゆらし薄い皮膜のような
 

上着をはおり、小さなショルダーバックを手に
早足で建物に入っていった。
 

 

車を寄せ、そのあとを、
ガタイのいい背広姿の男が追う。
 

 

円形門のビニールシートの長すぎるのれんの奥では、 
スマートな日本車に男と女が乗るところだ。
 

なるほど、ラブホテルの並びにあるのか。

 
 

ふたたび美術館を振り返る。
 

 
ポーラといえば、化粧品。
装う飾る、醜と美か。

 

 

美も醜。
醜も美。

 

 

ま、どっちにしろ、そのものの姿だ。
 

 

隣り合わせて生きて在る。

 

ゴタン、ダタン
ダタン、ダダン、と

 
 

そしらぬ顔して
山手線が、過ぎる。

 

車窓に人を乗せ、
僕は仰ぎながら線路の高架をくぐる。

 

 

反対に出た。
やっと芝居をみるアトリエの方へ向かう。

 
僕は、何を見つけるだろう。

 

 

※ポーラ五反田ビル 山手線の車窓からみえますよ。涼

 

 

国道1号線と都営浅草線(ゴタンダ サンジョウ)④

2011-07-22 11:00:59

 

 

 

目的の劇場は、315の先にある。

今は五反田から横浜に引っ越してしまった
「劇団四季のキャッツシアター」があった、その先だ。
 

 
五反田に猫の劇場(キャッツシアター)か。

 

野良猫なら目黒川の方が似合いそうだが、
港にいくと少し格が上がるのかもしれない。
「横浜キャッツ」だ
 

それはそうと、
つまり東口の右手、
もう一つの道路、315にでなくてはならない、
だから駅のロータリーの方へ向かうべく
 

横断歩道を待っていた。

 

むこうにゼブラの万年筆の汚れた看板が見える。
 

 

あのすきまの路地にも吹き出まった、
この街の痕跡があるに違いない。
信号が変わると次の岸辺へと移るように車道をまたぐ。
 

そういや、
この白いシマシマ横断歩道も、英語でゼブラという
 

山手線の駅前をあとに、
ゼブラの看板へむかう途中、
「道のゼブラ」を渡った
ななめ反対車線の向こう側に
 

 

「荘厳」
 

 

とでもいうのだろうか、
ある種の宗教的な建築物がある。
 

「たぶん結婚式場だろう」と思いながら、
 

喉が乾いた。
芝居の開演まで時間があるし、
どこか座れる場所で
さっき買った「失踪日記」でも読むか。
 

少し歩き疲れたのもある、
喫茶店でも探そうと
ゼブラの路地に入った。

 
つたの絡まる洋館は
昭和の時間を停めたようだった。
 
その
壁をツタの覆う店でちょうど老夫婦が、
軒先のメニューを見ていた。小料理屋のようだ。
うまい珈琲がのめるかもしれない。
 

夫人が「いいんじゃない」というと旦那さんが、
うなずいて薄明かりの扉をあけ入っていった。

 

メニューを覗くと凝った西洋料理だ。
うまそう。雰囲気はいいが、
ちょっと僕にはお高価い。
 

 

だからと言って、
一杯のコーヒーと
漫画で過ごすには、肩身がせまそうだ。
 

コーヒーはあの老夫婦の満足した食後にこそ、ふさわしい。
 

角を曲がり、路上裏の小窓のからテーブルクロスが見える。
さっきの老夫婦も座ったみたいだ。
 

どんな、乾杯をするんだろうか。
老夫婦の歴史を想像する。
 

 

と、「荘厳な建物」が気になってきた。
よさげな小料理屋に入れなかったのもあるが。
 

 

一号線へと引き返して、あの建築物を見てみよう。
もしかしたら喫茶店が入っているかもしれない。
 

ところが対岸へいくには、
国道一号線をまた渡らなければならない。
 

もうすぐそこなのだが、車道が遮って、すぐにたどり着けない。
横断歩道は、はるかに遠く(もどるのが面倒)
 

 

行き交う車を避けながら道幅の広い道路を渡るのは、
危険というよりキチガイ沙汰だろう。
 

 

田舎のネズミが都会へ来たみたいだ。
彼なら命掛けで孤独なカーチェイスをするかもしれないが、
 

 

 

地下通路につながる階段を見つけた。
むこう側にいけそうだが、階 段の登り下りに、
 

少し嘆息するので、また見回す。
ものすごいスピードで、大きなトラックが、
目の前を通り過ぎ車がビュンビュン、とめどなく走る。
 
 

おごそかな
田舎ネズミのように
この階段を下りた。
 

 

狭い通路が、この設計の古さを思わせた。
降りると古い地下鉄の駅内だった。

 

 

銀座1号線の駅(浅草線)

 

 

営団浅草線だ。
 

かつて「地下鉄一号線」と呼ばれた
都内でも一番古いメトロだ。
 

天井の低い構内に、開通した当日の期待感を感じる。
この上を都内と横浜をつなぐ国道一号線が通り、
 
その下を
東京の発展を担った地下鉄の第一号線が走る。
 

 

 

 

階段を登りきる壁づたいに、圧巻した。

 

 

 

 

目の前の壁面を垂直に切断して、
 

ゆっくりとカーブしている姿は切り立った崖のようだが、
無機質な四角い窓を並べた表面は現代的だ。

 

ある種アジアの宗教的な建築物を思わせる。

 

 

 

 

 

崖を人工的に削って神殿を掘り出したような威厳のある入り口。
しかし空中の渡り廊下はむき出した鉄を無機質につないでいる。
そこをくぐるように、石の階段が連なって伸びている。

 

階段の頂点、果たしてその本尊は、仏像ではない。

 

 

馬だ。
 

 

見上げる緑に立つ馬の像だ。

 

 

 

 

 

あの馬を近くで見たくなった。

 

 

 

デザインセンタービルと池田山(五反田山・下⑤)

2011-07-25 10:00:42
 

 

階段の頂上に馬が、いる。
 

 

しかし、ここは入っていい場所だろうか?

 

 

商業施設ではあるらしい。看板をみると、いくつかの店舗がはいっている。
ホテルとかでもなく、結婚式場みたいな貸しホールでもないようだ。
 

階段をわけて左側は積み重なるような石の壁だ。
対面する右側は、格子のような白い窓枠で飾った曲線のガラス柱のようだ。
 

しかし週末だからだろうか、
人気のなさが、なにかこの建物を静かなものにしていた。
 

 

喫茶店を探す。
 

石壁の向こうは、インテリア屋のようだ。
磨かれた木の家具や椅子が置いてある。
店の暗さが石でできた倉の中を思わ屋せる。
 

店がある建物なら…この階段を登ってもいいだろう。
二階までいけば、BARでもありそうじゃないか。とりあえず二階まで。
 

おそる、おそる階段を登ってみる。
 

しかし独特な空間だ。
 

なぜだろう。
なんとなく迫ってくる両側の壁のせいだろうか、
それとも高い天井からくる密閉感だろうか。

 
後ろにある国道一号線の喧騒が遠くなり、
車道を忘れさせ静観な趣(おもむき)に包まれるようだ。
 

 

二階の石櫃のような窓の向こうには
明かりの消えたカウンターがある。
 

 

向かいの白い格子は自動ドアの入り口になった。
公共施設の間取りだ。専門学校なのか。
 

週末で授業がないようだ、一人もいない。
鎮まりかえっている。
 

 

すると向かいは談話コーナーなのかもしれない。
暗がりの自販機が、休み時間と待ち合わせを思わせる。
 

 

三階に上がると、パラソルの閉じたのそとラウンジ、
中の店舗の営業は夜からだ。
 

譜面台に置かれたメニューからは、レストランだろう。
向かいの扉は、美容室につながっている。
 

また喫茶店はお預けだ。
ここでもコーヒーにありつけそうも無い。

 

 

踊場から振り返ると車道からの日差しが、見下ろせた。
石の裂け目の階段の奥に、国道が走っている。
 

棟の空中をつなぐ鉄の渡り廊下に、生徒はいない。

 

 

 

 

もうひとつ登れば、馬がいる。
 

だから、ゆっくりと近づいた。

 

入り口で感じた象徴性が、ここでは薄れて、
ほったらかしの錆びた背中から
 

生えた馬の首には無表情の小さな顔が
ホクロかおできのようにくっついている。
 
 

青い草に立つ、静かな馬。

 

 

 

 

そして驚いたのは、そのうしろにある山の事だ。
駅からは建物が隠していた、ここに山があるなんて。

 

台座のそばに、茂みに隠れそうな小径がある。
ここを荒らそうとか欲しいものがあるのでない。
 

この山をつたい、この建物を裏から見てみたい。
侵入する罪悪感がないではないが、気持ちははたして厳かなのだ。
 

 

迷うが、すこしお邪魔してみることにした。
あまりに細い茂みの小道は人があまり入らないことを、感じさせた。
 

山というより高台だろうか。
 

 

建物の裏には、もう一つの景観があった。
正面からの無機質な感じや、
階段の尊厳な態度のような場所とは違う。
 

 

この建物が山を背負い、
人の暖かい明かりの窓に、
下から上まで繰り返す植木が建物を囲い配置されて、
まるで照らす緑のかがり火のようだ。

 

 

建築家のことを考えた。
 

 

この街中に、
一つ建物を挟んだこの場所から
この景色をみることは、贅沢だ。
 

 

車も人も街並みも忘れさせ、
緑と静かな敬虔ともいえる世界を作り上げた。
 

 

いや、
ふつうはあの建物の中から、
この山の緑を覗くのだろうが…
 

 

ここからの眺めこそ、一つの創造の姿だ。

 

 

そして驚いたのは、そのうしろにある山の事だ。
駅からは建物が隠していた、ここに山があるなんて。

 

 

台座のそばに、茂みに隠れそうな小径がある。
ここを荒らそうとか欲しいものがあるのでない。

 

この山をつたい、この建物を裏から見てみたい。
侵入する罪悪感がないではないが、
気持ちははたして厳かなのだ。
 

 

迷うが、すこしお邪魔してみることにした。
あまりに細い茂みの小道は人が来ないことを、感じさせた。

 

 

山というより高台だろうか。
 

 

建物の裏には、もう一つの景観があった。
 

正面からの無機質な感じや、
階段の尊厳な態度のような場所とは違う。

 

この建物が山を背負い、
人の暖かい明かりの窓に、
下から上まで繰り返す植木が建物を囲い配置されて、
 

まるで照らす緑のかがり火のようだ。
 

 

僕はこの盾もを立てた
建築家のことを考えた。
 

この街中に、
一つ建物を挟んだこの場所から
この景色をみることは、贅沢だ。
 

 

車も人も街並みも忘れさせ、
緑と静かな敬虔ともいえる世界を作り上げた。
 

いや、ふつうはあの建物の中から、
この山の緑を覗くのだろうが…
 

 

ここからの眺めこそ、一つの創造の姿だ。
 

 

 

 

 

僕の今立っている山の向こうには何があるんだろう。
茂みは深く木を乗り越える道もない。
 

国道にもどり、
この山の向こうにあるものを見よう。
 

小径を引き返し
ふたたび銅いろの馬は、
 

建物から離れた特別な場所に
具象と抽象の真ん中に立ち、
壁の向こうの五反田駅を
眺めているようだ。
 

草と木々に囲まれながら。
 

 

 

 

池田山 散策

 

 

国道に戻ると街の喧騒だ。
 

 

山への道を探すとすぐ、路地の角に坂道がある。
 

入ると小高い丘へ登るような急勾配の小径だ。
ここから山の上に行けそうだ。
 

しかも、舗装され狭い入り口は参道を思わせた。
 

あの山の向こうには、
神社や八幡さまがあるんじゃないだろうか。
 

そんな期待に息を弾ませて、登る。
途中、ビルの背面にある細長い公園では、
キャッチボールをする中学生がいた。
 

 

中腹をすぎたあたりに閉鎖された廃虚のようなアパートがある。
 

「池田山ビル」
 

 

 

 

赤茶い壁に立て板がされて、入ることはできないが、
この場所が「池田山」と呼ばれているということがわかる。

 

はたして頂上へゆくと開けた住宅地に出た。
その立派な門構えは、和の様式ではあるが、
 

神社でも八幡さまでもなかった。
 

 

なるほど、池田山のてっぺんには、天理の教会だ。
なんか笑みがもれた。

 
(仏ではなく、神道であられたか)
 

 

そして、坂を下りる。
池田ビルの横の階段を下り、

 

 

 

 

そば幼稚園の園児の声を聞きながら、
あの馬の建物を創造した建築家のことを考えた。
 
国道1号線、旧東海道を抜けるのは馬車なのか。
その地下を都市と人を結び運ぶ、鉄の乗り物。

 
人知れぬ
あの山に対する、この街の風景。
建物を抜けて山の前に、一つの馬を置いた。
 

 

五反田の神聖なる野生。
 

ふと通りかける、黒っぽい建物に、
説明プレートがあった。
 

歴史の跡かなとなんとなく読んでみる。
五反田の街がわかるかもしれない。
 

 

「日本心霊学協会、研究所」
 

 

近代的なスピリチュアルを感じざる負えないが、とはいえ、
 

 

ますます、この池田山が、
この五反田の地で、
 

ある種の霊的なものをはらむように、感じた。
 

 

駅から、
道路と建物に隠された小さな霊山「池田山」
 

 

 

 

場所と建物が生む風景。
 

 

その関係の面白さに気がつき
また、振り返るとき、
街の違った表情を見つける。

 

 

 

喫茶店にも入れず、
劇場もまだ遠い、
 

しかし足取りは軽い。
疲れはあるが、愉しい。

 

 

 

 

 

本日も最後まで、ありがとうございました。涼
(お芝居は、無事見れましたよ。)
 

 

 

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この記事を書いている人 - WRITER -
俳優 YouTubeダーさん  プロデュース公演に参加したり若手作家たちの作品にも精力的に多数参加。そのBEEPでDEEPな交友関係はかなり広い。YouTubeチャンネルは保育士さんや子供たちに大人気。また国民的テーマパークのショーアクターとしての実績も長い。 絶対青春コメディ sing!!! 九州公演 2022/01.14〜15 劇団S.W.A.T!公演「ある超能力者の記録」2022/02.10~20 など
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